栗っ子が紡いだあの日々

61.大切な繭を碓井製糸農業協同組合へ

予想していた通りでした。 「職員室の電話を借りて聞いてきたい!」という声。ここまでの課題探究も連絡や交渉も、すべて自分たちの思いや願いが行動を起こすエネルギー源となってきましたので、 「自分たちで電話を借りて聞いておいで」と応えました。達也...
栗っ子が紡いだあの日々

60.皆の行動力を信じていたからこそ行えたこと

「先生、すばらしいことだね。子どもから電話があって感動したよ。ちゃんと糸にしてあげるから。」 電話でお話をさせていただいた茂木さんの最初の言葉でした。こちらが恐縮してしまうくらい喜んでくださっていたことも昨日のように覚えています。自分たちで...
栗っ子が紡いだあの日々

59.夢のような話が

「中島先生、お電話です。」 7月7日の放課後5時ごろだったと思います。校内放送で職員室に呼ばれました。5年2組の教室にいたわたしは職員室に向かい、受話器をとると、「あっ中島先生!」と一磨さんの声でした。あきらかに興奮しているその声の様子から...
栗っ子が紡いだあの日々

58.動き出していた仲間たちからの刺激が…

有李さんからの電話では、製糸工場は群馬県にあるということでした。そして、その製糸工場の住所も電話番号も聞いたということを嬉しそうに話してくれました。電話なので有李さんの表情は見えないのですが、受話器の向こうにいる有李さんたちの興奮している様...
栗っ子が紡いだあの日々

57.新たな道が…

「シルク博物館の電話番号を教えて欲しい」と祐菜さんから電話がかかってきた7月6日の数日前、未紗子さんから「相模原に養蚕をしている家が一軒あって、お母さんがその連絡先や関係する相模原の農協の詳しい人を教えてもらった」という話がありました。 未...
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56.小さな積み重ねや「過程」が新たな展開へ

「糸をとる」ことを決断したあなた方の中に、さらに二つの考えが出ていました。 一つは、自分たちで糸繰りの体験を通して糸をとるという考えでした。もう一つは、この時までに集めてきていた情報の中で、蚕を育てて繭をつくる養蚕業と、できた繭から糸を取り...
栗っ子が紡いだあの日々

55.決断

教室の繭をどうするのか…、決断はあなた方に委ねられていました。               「糸をとりたい」という思いが、あなた方の最終的に出した結論でした。糸をとるということは、成虫になる前に、さなぎとなった蚕の命を絶つことになります。あ...
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54.近づいていくタイムリミット

いただいた「まぶし」で繭をつくっていることの報告も兼ねて、まぶしを譲ってくださった清水さんの所に、繭になった後のことを聞きに訪ねた人たちがいました。清水さんの話では、黒川では、繭まで育てて、あとは一つに集めて出荷していたとのことでした。 黒...
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53.いよいよ一つの節目の時が…

繭をつくる姿を見ながら、もう二度とあの蚕の姿を見守ることができないということもわかっていました…。繭づくりが始まるということは、成虫への準備が始まったことになります。 「蚕の命」をどうするのか、いよいよ大きな節目の時がきたのです。  命って...
栗っ子が紡いだあの日々

52.家で育てていた蚕も…

教室では、毎日〝蚕の繭づくり〟が繰り返されていました。まぶしに蚕を移すと、習性から上へ上へと登っていく蚕。繭をつくるために、気にいった?自分の部屋を見つけると、その部屋に入っていつのまにか糸をはきながら足場をつくり始めていました。そこから、...