もし、誕生の瞬間に出会うことがなかったとしても、あなた方は最後まで熱心に蚕を育てあげ、さまざまな学習課題を生み出し、探求し、学んでいったと思います。しかし、出会わなければ生まれなかった愛情やさまざまな感情があったことも確かだと思いますし、育てていく過程でのあなた方の気もちや行動の根底には、やはり誕生の瞬間との出会いがあったと思います。
今、振り返ったとき、もし、あの瞬間に出会えなかったとしたら、その後の取り組みはどうだったのかなと考えることがあります…。蚕が繭をつくり、最後に「命をもらって糸にするかどうか」の話し合いのときの気もちも、あるいは判断そのものも違っていたかもしれません。たとえ判断が同じであっても、話し合うときのあなた方の心の動きは違っていたと思います。
わたしは、あの瞬間に出会えたのは決して偶然ではなかったと思っています。
主体的な学習活動への取り組みから「蚕が飼いたい」という気もちが教室の中に生まれ、予想外な卵との出会いがあり、育てていくことを楽しみにする気もちを強く持っていたことが、あの時間を引き寄せたと思っています。
もし、わたしの方で卵を用意して、あなた方に蚕を飼うことを提案していたとしたら、あの時ほどの関心はなく、気がついたら孵化していた…という状況だったかもしれませんし、この先の2年間の活動だけでなく、今のあなた方やあなた方とわたしの関係も、ご家族の学級への愛情も、この学級のすべてがまた違ったものになっていたかもしれません。それはわたしだけでなく、この瞬間に立ち会ったあなた方もそう思えるのではないでしょうか…。
つづく…
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