54.近づいていくタイムリミット

 いただいた「まぶし」で繭をつくっていることの報告も兼ねて、まぶしを譲ってくださった清水さんの所に、繭になった後のことを聞きに訪ねた人たちがいました。清水さんの話では、黒川では、繭まで育てて、あとは一つに集めて出荷していたとのことでした。
 黒川の繭がどの地方にどのようにして送られていたのかなどについては、この時はまだ調べるところまではいっていませんでしたが、その後の探究課題の一つになっていきました。そして、この探究によって、「黒川シルクロードの旅」というとてつもなく大きな活動へと発展していくことになるのです。もちろんこの時は誰も想像すらしていませんでした。もちろん私自身も想像していませんでした。ただ、黒川の養蚕業を調べていく過程の中で、あなた方ならば、どこに出荷され、どのように糸になっていくのかをきっと探究していくことになるだろう…という楽しみな気もちは持っていました。

 育った蚕が繭をつくった後、この繭をどうするのかを考え、判断することは、蚕を育てた者としてとても大事なことでした。あなた方が育てていた数年前に廃止されていましたが、「蚕糸業法」という法律で、かつては蚕を成虫にすることは禁じられていました。それは、管理されていない環境で繁殖を行うと、病気が広がるリスクがあり、品質が保証されなくなるためで、法律で厳しく管理されていました。
 もちろん、この法律は関係ないのですが、あなた方からもそういう話は出ていました。
 
 繭となった蚕を前に、あなた方がどういう道を選ぶのか、結論はなかなか出ませんでした。繭づくりは一斉ではなかったので、最初にできた繭が成虫になる前までに決めなければなりません。

 タイムリミットは近づいていました。
                                      つづく…

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