教室の繭をどうするのか…、決断はあなた方に委ねられていました。
「糸をとりたい」という思いが、あなた方の最終的に出した結論でした。糸をとるということは、成虫になる前に、さなぎとなった蚕の命を絶つことになります。あなた方がなかなか決断ができなかったのは、その点でした。
しかし、話し合っていく中で、蚕を育てたのは成虫にするためだったのか…、という疑問、そして、様々な課題を探求する中で自分たちが理解を深めていったのは、黒川でも行われていた「養蚕業」のことだったという原点に戻り、あなた方は決断しました。
かわいそう…、という感情はもちろんあったと思います。ないはずがありません。話し合いの中で、黙ってしまっていた人や泣きそうな表情をしている人もいました。でも、一人一人が真剣に考えて出した5年2組の結論でした。
この結論はとても重みのあるものだったと思います。それは、「共有した確かな過程」があって、その上で出した結論だったからです。あの過程を共有し、様々な感動や驚きへの共感がなければ、もっと簡単に結論は出ていたかもしれません。
あなた方は、卵から生まれる感動的な瞬間に出会いました。 あんなに小さかった蚕が脱皮を繰り返して成長し続ける姿を目のあたりにしてきていました。
最初は少しあれば足りた桑の葉が成長とともに大量に必要となり、放課後や登校中に摘んで、教室に運び続けていました。
桑の葉を食べる音に耳を傾けることを楽しんでいた人たちもいました。
食べている様子をただただじっくり観ているだけでも楽しい時間がありました。
そして、好奇心と探究心から、主体的に次々と行動を起こしていました。
この「過程」があったからこそ、決断に時間がかかったのです。
決断の重みは、そのままあなた方の成長と前進につながっていくものでした。
決断に込められていたあなた方の思いは、あの教室で唯一大人であった私の心に強く響くものでした。
そして、この日の5時間目、あなた方は大切な繭を、蚕の命を、冷凍庫に収めたのです…。
つづく…
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