12月8日の卓磨さんの日記には、このように記されていました。
茂木さんという人は、小学校5年生の時から蚕のことをやっていて、学校から帰ったら、遊ぶ間もなく家の手伝いをしていた。ぼくとは違う。子どもの時から辛い思いもたくさんしてきた人です。
茂木さんが、給食の時、『25年前、前の組合長さんがなくなって〝ピンチヒッター〟として組合長になったけど、25年間そのままだからね。まだ、ヒットを1本も打ってないよ。だけど、君たちの繭を糸にしてあげたことで、やっとホームランが打てたよ。」と言ってくれました。
70年間生きている人だから、本当のことを言ってくれていると思います。
人と人とのふれ合いや交流は、いろいろなかたちがあります。茂木さんをはじめ碓氷製糸農協の方々をとの交流は「蚕」がもたらしてくれたものでした。電話や手紙による交流を続けてくる中で、一人ひとりが自分の思いや考えを伝えてきました。その子どもたちの思いを真剣に受けとめ、応えてきてくださったことに、わたしはあの日、感謝してもしきれない思いでいっぱいでした。そして、この交流を大切にしてきたあなた方の心の豊かさ、行動力は、その後のわたしの教師生活に大きな影響を与えてくれました。
「ぜひ、子どもたちにお会いしたい。」と言っていただけたのは、あなた方の取り組みが心を動かし、あなた方の学習に対する情熱が、茂木さんをはじめ碓氷製糸農協の方々に伝わったからです。
12月8日の茂木さんとの素敵な出会い、ふれあいから生まれたこの日の「感動」は、その大きさはそれぞれ違うとは思いますが、誰もが特別な思いを抱いたと思います。今、あの日のことをどれくらい記憶に残っているかはわかりませんが、細かいところは忘れていても、あなた方の人生において忘れることのない大切な思い出の一日として残っていてくれているものと信じています。
翌日から早速、参加されていた保護者の方々からの声も教室に届きました。
つづく…
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