218.群馬まで思いが届くように表現しよう

 学習発表会の数日前、学校に碓氷製糸農協から電話がありました。あなた方の手紙を受け取った茂木組合長さんは仕事が忙しく、どうしてもいらっしゃることができないという電話でした。このことをわざわざ連絡してくださったのです。そして、群馬を訪れた時にあなた方がお世話になった原料部長の小板橋さんが何とか都合をつけて来てくださるとのこでした。しかし、この時期はたいへん忙しい時期であることもわかっていましたし、簡単に来ていただける距離ではないことも十分承知していましたので、ご遠慮いただきました。

 あの当時、日本には製糸工場が7カ所しかありませんでした。かつて何百と全国にあった工場も極わずかで、養蚕をはじめ、製糸業はたいへん厳しい時でした。それは、あなた方もわたしも、あの2年間で随分と感じていました。
「日本中でただ一つになってしまっても、群馬から養蚕の火は絶対消しません」
と、当時茂木さんが力強く語っていらっしゃったことを思い出します。
 実際に、現在日本では「碓氷製糸工場」と山形県の製糸工場の2社となり、国産の生糸は、国内流通のわずか7%程度です。かつて輸出生糸世界1位を誇った生産量は、あの当時(2000年)、すでに559tと少なくなっていましたが、2020年にはわずか12tとなっています。しかし、日本産の生糸がなくなるとは思えません…。身勝手な話ですが、碓氷製糸にはいつまでも残り続けて欲しいと心から願います。

「行けないけれども、これからも、何でも力になってあげますから」という優しいお言葉を茂木さんからいただいて電話を切りました。翌日、このことをあなた方に伝えると、さすがに残念そうな様子でしたが、茂木さんをはじめ、碓氷製糸農協の方々の思いは十分わかっていたと思います。群馬まで思いが届くように表現しようということになり、いつか群馬で、碓氷製糸農協の皆さんの前で演じるという夢に対する思いがより一層膨らんでいたように思います。
                                       つづく…

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