和紙を手にしたとき、生糸や草木染めしたものを手にしたときと同じ気持ちを抱いた人たちも多かったと思います。どれも充実した「過程」を歩んできたからこそ生まれた「結果」への思いだったと思います。
正直、思っていた以上の和紙ができて、わたしもとても驚いたことを覚えています。当時は、牛乳パックや工房から購入したこうぞなどの紙料を使って体験する学校はたくさんありました。わたしもこれまで5年生の担任をしている時に両方とも体験しました。また、このころは、地球環境問題等の視点から、ケナフを育ててその繊維で行なう学校も増えていたように思います…。
あなた方は、「蚕」を育てる活動の中で、蚕が桑の葉を食べた後に残った枝を東京に売りに行っていたという昔の話を聞き、さらに紙料になっていたことを知りました。この事実を知ったあなた方は、桑の木の繊維を紙料にするところから始めました。牛乳パックで行なった時も、工房から紙料を買って行なった時も、子ども達は一生懸命に、そして楽しく紙を漉いていましたが、あなた方と違っていたのは、あなた方の時のような特別な緊張感はなかったという点です。何より楽しみながら漉いていました。これが子どもたちの姿だと思います。
だからこそ、わたしが知っていたその姿とは全く違った雰囲気が生まれている中で、自分の紙を漉く時のあなた方の集中していた表情が今でも印象的に残っています。
わたしは、できあがった黒川和紙というよりも、あなた方のあの表情に感激していたのだと思います。
つづく…
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